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気鋭のジュエリーデザイナーSHINJI NAKABAにインタビュー。



身体に着ける事のできる彫刻(Wearable Sculpture)という考えのもとジュエリーを制作。宝石や貝に躍動感あふれる彫刻をほどこしたカメオと、アルミや鉄、エポキシ樹脂などを素材にしたファッション性の高いジュエリーのふたつを柱とする。カナダのモントリオール美術館などに作品が所蔵されているほか、ニューヨークコレクションでランウェイを飾るなど、ファッション界とのコラボレーションも多く、今注目を集めている。


■ジュエリーアーティストになるまで


SHINJI NAKABA氏がジュエリーアーティストになるまでの道のりは我々が想像している以上に長い。家業が洋裁店なので服作りも学んだが、高校卒業後は美容学校へ行き、ヘアデザイン、人を美しく見せるような仕事に関わりたいと思うようになる。しかし、在学中からそれは自分がやりたい事とは違うのではと疑問を感じていたらしい。そんななか美容学校を無事卒業、下北沢や青山の美容室でインターンを経験後、その次は靴の制作を学ぼうと厚木基地の前にあったチャーリー シューズにて約1年半靴作りを修行したが、これもまた「違う」と感じる。


そして彼の分岐点となる次のステージは世田谷にあるカスタムカーショップだ。幼い頃から手先が器用であった彼は、機械の修理やバイクの改造が好きだったらしく、死んでいたものが音を立てて生き返るというその過程に大きな喜びを感じる。そこはアメリカから輸入したパーツで車を改造する工場で、彼はト ラックの車高を上げたりカスタムペイントを施したりと様々な業務を日々こなした。


ある日、社長がアメリカのヒッピーが作ったという古い銀製のスプーンやフォークを曲げてリングにしたものを輸入してきたことがSHINJI NAKABA氏のジュエリーアーティストとしての第一歩である。古臭いがアンティークの紋章がついた今までに見た事のないようなリング。彼自身、宝石店に ある様な指輪にはさほど興味がなかったが本来リングを作るための素材としては異例のスプーンという素材を用いたという事実が衝撃だったらしい。すぐさまデパートで銀のスプーンを買ってきて工場の道具を使いオリジナルリングの制作に着手する。


輸入したヒッピーのリングの影響が大きかったこともあり、ジュエリーの基本を学ぼうとジュエリーカレッジへ入学することを決意する。一年間通して勉強する 過程を半年で終了させたが、2年生に進級はせず、自分の部屋を仕事場にしてジュエリーアーティストとして独立しようと思い立った。自分なりに研究しようと思って学校を辞めたわけである。


その後は自分で水晶や仏像を彫る工場を見学し、イタリアからきたカメオの職人がデパートで実演販 売しているのを見続けては技を盗み、神田の古本屋へ頻繁に足を運んでは宝石の材料や工具を研究し、その他にもデザイン関係、インテリア、アート、建築など様々な分野の本を買い漁っては勉強した。学校で教わったのではなく自ら研究を重ねていったというから驚きだ。そして、昔働いていたカスタムカーショップにてインスパイアされたジュエリーという世界のなかでは画期的で新鮮なアプローチ。用途が違うものをあえて用いる。SHINJI NAKABA氏のクリエーションの一つの柱である。




SHINJI NAKABA’s WORKS





SHINJI NAKABA

身体に着ける事のできる彫刻(Wearable Sculpture)という考えのもとジュエリーを制作。宝石や貝に躍動感あふれる彫刻をほどこしたカメオと、アルミや鉄、エポキシ樹脂などを素材にしたファッション性の高いジュエリーのふたつを柱とする。カナダのモントリオール美術館などに作品が所蔵されているほか、ニューヨークコレクションでランウェイを飾るなど、ファッション界とのコラボレーションも多く、今注目を集めている。
Web : http://www.s-nakaba.com/


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